「......また"西暦2187年、人類は——"から始まってる」
ChatGPTの出力画面をスクロールし、冒頭3段落がすべて年表と技術解説であることに気づき、プロンプトの入力欄にカーソルを戻す。世界設定を丁寧に書いたはずだった。記憶を外部ストレージに保存できる社会、保存の副作用、主人公の職業。情報は十分に渡した。なのにAIは「説明文」を返してきた。
原因はシンプルで、設定を全部渡したから。SFの没入感は「読者が推論する余白」から生まれる。設定を100%プロンプトに記述すると、AIはそのまま100%を説明文として出力する。必要なのは情報を3つの層——明示・暗示・未知——に分けてAIに渡す設計技術。
ステップ1: 「明示」——設定を説明文ではなく描写に変換する
「明示」とは、読者に伝える情報を説明ではなく描写で見せる層のこと。
「記憶の外部保存が一般化した社会」を書きたいとする。これをそのままプロンプトに渡すと、AIは冒頭でこう書く。
before(設定説明型) 西暦2187年、記憶外部保存技術「メモリア」の発展により、人類は脳内の記憶をクラウドサーバーに保存できるようになった。この技術は2140年に実用化され、現在では全人口の87%が利用している。保存された記憶は任意のタイミングで再生可能であり——
読者は小説を読みに来たのに、百科事典を渡された。これがSFの「設定説明地獄」。
明示層のプロンプトでは、世界設定を「キャラの動作」に変換する指示を入れる。
【明示層ルール】
- 世界設定を地の文で説明しない
- 設定は必ずキャラの「動作」か「五感」を通して見せる
- 例: 「記憶の外部保存が一般化」→ 主人公が朝、端末で昨日の記憶をバックアップする動作で表現
- 冒頭3段落に説明文(「〜は〜である」構文)を入れない
このルールを通すと、同じ世界設定がこう変わる。
after(描写型) 朝のアラームより先に、こめかみのインジケータが青く点滅した。睡眠中の記憶同期が完了した合図。枕元の端末を取り、昨夜の保存ログをスワイプする。22時14分、夕食のレシピ。22時51分、妻との会話。23時08分——空白。同期エラー。30分ぶんの記憶がどこにもなかった。
読者は「記憶を端末で管理する世界なのだ」と、動作から推測する。百科事典を読まされるストレスがない。これが明示層の役割——見せて、推論させる。
AI小説の情景描写をプロンプトで変えるでも触れた「カメラポジション」の原理と同じで、AIに「説明するな、映せ」と指示することが出発点になる。
ステップ2: 「暗示」——会話とキャラの行動にルールを埋め込む
暗示層は、直接は語らないが会話や行動から世界のルールが透けて見える情報のこと。
たとえば「記憶の外部保存には法的規制がある」という設定。これを地の文で説明する代わりに、キャラの会話に埋め込む。
【暗示層ルール】
- 世界の法律・社会規範・技術的制約は、キャラの会話か行動の中で間接的に示す
- 登場人物は自分の世界のルールを「当然の前提」として話す(読者への説明口調にしない)
- 例: 記憶保存の法的規制 → 「14歳未満の記憶同期は親権者の署名が必要」という台詞を、書類手続き中のシーンで自然に出す
- 「つまり〜ということだ」のような読者向け解説台詞は禁止
暗示層がうまく機能すると、読者は「この世界では記憶の管理に年齢制限があるのか」と自力で世界の全体像を組み立てる。説明文で与えられた知識より、自分で発見した知識のほうが記憶に残る。これがSF特有の没入感の正体。
ポイントは「登場人物は読者に説明する義務を負っていない」とAIに伝えること。ChatGPTは親切なので、放っておくと登場人物が読者に向かって世界の仕組みを丁寧に講義し始める。暗示層のルールはその親切心にブレーキをかける装置。
ステップ3: 「未知」——あえて説明しない領域を指定する
3層目の「未知」が最も効く。作中で一切説明しない情報を明示的にプロンプトで指定する。
【未知層ルール】
- 以下の情報は作中で一切触れない。説明も暗示もしない
- 記憶外部保存技術の発明者と発明経緯
- サーバーの物理的な所在地
- 記憶を保存しない選択をした人々(「非同期者」)の社会的扱いの全容
- 読者が「気になるが答えが出ない」状態を意図的に作る
- 登場人物がこれらの情報を知っている場合でも、語る理由がなければ語らせない
SFが「壮大な設定資料集」と「物語」に分かれる境界線がここにある。読者が推論できない空白があると、世界が作者の頭の外まで広がっているように感じる。すべてが説明された世界は、説明の外に何もないように見える。
ChatGPT小説の世界観設定では世界観の3レイヤー構造を解説したが、SF小説ではさらにこの「未知」の設計が命になる。ファンタジーの世界観が「ルールの具体化」で深まるのに対し、SFは**「語らない領域の制御」**で深まるジャンル。
完成形プロンプト: 記憶外部保存SF
3層を統合した完成形がこれ。
あなたはSF小説の執筆アシスタントです。以下の3層情報設計に従い、近未来ハードSFの冒頭(800字程度)を書いてください。
【世界設定】
記憶の外部保存(メモリア同期)が一般化した社会。人々はこめかみのインプラントを通じて、睡眠中に1日の記憶をクラウドへ自動同期する。
【主人公】
檜山拓巳(ひやま たくみ)、38歳。メモリア同期のエラー修復を専門とする技師。口数が少なく、依頼人の記憶の断片に毎日触れている。
【明示層——描写で見せる情報】
- 記憶の同期は朝の端末チェックで確認する(動作で表現)
- 同期エラーが起きると記憶に空白ができる(主人公の仕事として見せる)
- 端末の通知音、インジケータの色など、五感を経由させる
【暗示層——会話・行動に埋め込む情報】
- 14歳未満の同期には親権者の承認が必要(書類処理の場面で)
- 裕福な層は高精度サーバーを使い、記憶の劣化がない
- 記憶を意図的に削除する「選択忘却」が流行している(同僚との雑談で)
【未知層——一切説明しない情報】
- メモリア技術の発明者・発明経緯
- サーバーの物理的所在地
- 「非同期者」の社会的扱いの全容
【文体ルール】
- 冒頭3段落に「〜は〜である」構文を入れない
- 登場人物は読者に説明しない。自分の世界の常識として振る舞う
- 「つまり」「すなわち」の解説台詞を禁止
- 感情は動作と沈黙で見せる
空テンプレート: 自分のSF設定で使う
上の完成形を抽象化したテンプレート。プレースホルダを自分の設定に書き換えて使う。
あなたはSF小説の執筆アシスタントです。以下の3層情報設計に従い、{サブジャンル(ハードSF/サイバーパンク/宇宙SF等)}の冒頭(800字程度)を書いてください。
【世界設定】
{SF世界の独自技術}が一般化した社会。{技術の代償または社会への副作用}。
【主人公】
{名前}、{年齢}歳。{主人公の職業}。{性格を動作で示す一文}。
【明示層——描写で見せる情報】
- {技術が日常に溶け込んでいる動作}
- {技術の不具合や限界が見えるシーン}
- {五感のうち、この世界特有の感覚}
【暗示層——会話・行動に埋め込む情報】
- {技術に関する法律・規制(会話の中で自然に)}
- {社会の格差(キャラの行動から透けて見える形で)}
- {技術がもたらした新しい文化・習慣}
【未知層——一切説明しない情報】
- {技術の起源に関する情報}
- {世界のインフラの詳細}
- {社会の裏側にある未解決の問題}
【文体ルール】
- 冒頭3段落に「〜は〜である」構文を入れない
- 登場人物は読者に説明しない。自分の世界の常識として振る舞う
- 「つまり」「すなわち」の解説台詞を禁止
- 感情は動作と沈黙で見せる
宇宙SF、ポストアポカリプス、サイバーパンクなど各サブジャンルの記入例はBL Prompt Kit(BOOTH)に収録している。
なぜ「全部説明しない」がSFで効くのか
情報設計の観点から整理する。
人間の脳は「与えられた情報」より「自分で補完した情報」を強く記憶する。認知心理学で「生成効果(generation effect)」と呼ばれる現象で、受動的に読んだ事実より、推論で導いた結論のほうが定着率が高い。
SFの世界設定をすべて説明すると、読者は受動モードに入る。年表を読まされている状態。一方、3層設計で情報を制限すると、読者は描写の断片から世界の全体像を能動的に組み立てる。「この世界では記憶を外部保存するのに年齢制限がある。ということは、子供の記憶には何か特別な意味が......?」——この推論の連鎖がSFの没入感の正体。
AIに渡すプロンプトも同じ構造。設定を100%渡すとAIは「報告」を書く。70%だけ渡して「残り30%は触れるな」と指示すると、AIは70%の中で物語を動かそうとする。制約がある方がAIの出力は創造的になる——これはファンタジー世界観プロンプトでも確認した原則と同じ。
3層の配分目安はこう。
- 明示: 30%——描写と動作で確実に伝える核心情報
- 暗示: 40%——会話と行動に散りばめ、注意深い読者だけが拾う情報
- 未知: 30%——作中に一切登場させず、世界の奥行きを感じさせる情報
この比率は固定ではない。ハードSFなら明示を増やし、雰囲気重視のニューウェーブSFなら未知を50%まで引き上げてもいい。重要なのは「全部説明する」がデフォルトのAIに対して、意図的に情報を引き算する設計をプロンプトで行うこと。
まとめ
ChatGPTにSF小説を書かせるとき、設定をすべて渡すと「説明文」が返ってくる。3層情報設計——明示(描写で見せる)、暗示(会話に埋める)、未知(あえて語らない)——でプロンプトを組み立てると、読者が自分で世界を推論する余白が生まれる。
空テンプレートのプレースホルダを自分のSF設定で埋めれば、今日からこの構造を試せる。さらに多くのジャンル別テンプレートはBL Prompt Kit(BOOTH)で手に入る。キャラ設定を複数AIで使い回したいならキャラノート(β)も合わせて。
AIキャラクターの口調崩壊を防ぐ技術についてはnoteの解説記事でも詳しく扱っている。
CharaNote開発日記
「AIに口調を守らせたい」——この記事で紹介したテンプレートを、もっと直感的に管理できるツールを作っています。
CharaNoteは、キャラ設定シートをAIが読める形式で保存し、どのAIツールにもワンクリックで渡せるキャラ管理アプリです。現在クローズドβに向けて開発中。
進捗や先行アクセスの案内はCharaNote公式で。